札幌高等裁判所 昭和27年(う)311号 判決 1952年8月22日
控訴人 被告人 李根植 外一名
弁護人 柏岡清勝 外一名
検察官 金井友正関与
主文
本件各控訴はいづれもこれを棄却する。
被告人李正基の当審における未決勾留日数中五十日を本刑に算入する。
当審における訴訟費用は全部被告人李正基の負担とする。
理由
被告人李根植の弁護人柏岡清勝及び被告人李正基の弁護人木下三四彦の各控訴趣意はいづれも両弁護人の提出した控訴趣意書記載のとおりであるからそれぞれこれを引用する。
弁護人柏岡清勝の控訴趣意第一点(法令違反)について、
原審第二回公判調書によれば、被告人両名に対する人定尋問、被告事件に対する供述に続いて証拠の請求及び取調のあつたことが記載されており、検察官の起訴状の朗読並びに検察官、被告人および弁護人の証拠調に関する冒頭陳述が行われたことの記載がないが、これは昭和二十六年最高裁判所規則第十五号により改正された刑事訴訟規則第四十四条により公判調書の記載要件とせられなくなつたことにもとづくのであつて、その記載がなくとも右両者の手続がなされたものであることが推定せられる、而して右刑事訴訟規則第四十四条は被告事件の処理を適正且つ迅速に行うという刑事訴訟法の目的に添うため公判調書の簡易化を図りその必要的記載事項の範囲を最小限度に止めたにすぎないのであつて勿論公判廷に於ける実際に於てはその手続を省略するわけではないから何等憲法及び刑事訴訟法の根本精神にもとるものではない。
論旨は理由がない。
右控訴趣意第二点(量刑不当)について、
本件記録並びに原審の取り調べた証拠に現われた被告人李根植が前科を有しながら本件犯行を敢えてしたこと、その他各般の事情を綜合すれば、所論を考慮に入れても、原審が同被告人を懲役一年六月に処したのは相当であつて、量刑重きに失するものとはいえない。論旨は理由がない。
弁護人木下三四彦の控訴趣意第一点(審理不尽)について、
原判決挙示にかかる各証拠を綜合すれば、被告人李正基の本件犯行を優に認定することができ、原判決には審理不尽にもとづく理由のくいちがいはない。論旨は理由がない。
右控訴趣意第二点(法令違反)について、
原審裁判官の発した被告人李正基に対する勾留状は存するが同被告人に対する勾留尋問調書が添付されていないことは所論のとおりである。しかし刑事訴訟規則第百六十七条第一項によると検察官は逮捕又は勾留されている被告人について公訴を提起したときは速やかにその裁判所の裁判官に逮捕状又は逮捕状及び勾留状を差出さなければならないと規定されて居るが勾留尋問調書の差し出しを要求していないのである。けだし勾留尋問調書には通常被疑事実に対する被疑者の供述が記載されて居り将来証拠書類ともなり得るものであるから之が勾留状に添付せられ第一回公判期日後その裁判官より公判裁判所に差出されるときは適法な証拠調を経ない書類が実質的に判断の資料に供せられる虞れがあるからである。従つて勾留尋問調書は勾留状に添付すべきものではないから本件に於ても右尋問調書が添付せられなくとも特別の事情のないかぎり勾留尋問は適法に行われたものと推定すべく従つてこれに基き発せられた勾留状は適法有効なものと解するのが正当である。又原審二回公判調書の同被告人の供述中に所論のような供述がなされているとしても、原審には同被告人の司法警察員乃至は検察官に対する自白調書が証拠として提出されていないのであるから該自白調書の任意性を云々するいわれはない。論旨は理由がない。
右控訴趣意第三点(量刑不当)について、
本件記録並びに原審の取り調べた諸般の事情を綜合すれば、所論を考慮に入れても、原審が同被告人を懲役一年に処したのは妥当であつて、量刑重きにすぎるものとはいえない。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件各控訴をいづれも棄却することとし、被告人李基正の当審における未決勾留日数の本刑算入につき刑法第二十一条、当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項を各適用して主文のように判決した。
(裁判長判事 黒田俊一 判事 成智寿朗 判事 東徹)
弁護人木下三四彦の控訴趣意
第二点法令上の違反がある。
刑訴第六十一条は被告人の勾留は被告人に対し被告事件を告げこれに関する陳述をきいた後でなければこれをすることが出来ない」と規定されている処記録を調査するに昭和二十七年二月九日勾留状に裁判官福原義晴と名義あるも被告事件を告げ被告の陳述を聴いた証拠書類の添付もなく又それを推測すべきものもないから勾留状でない無効のもので逮捕勾留したもので憲法の保障する自由と人権との尊重に反するものであり其以後の供述は任意自由の供述にあらざるを以て其を基本とする公判は法律に違反し公判手続は無効とすべく結局判決に影響する事明かであるから原判決は破毀さるべきものである。且つ第二回公判調書裁判官が被告人は耳が遠いのか原因は何かと質問したのに被告人は取調の時警察官に殴られたからと思いますと答えてる事は、其の後の供述ありとしても任意でなく威圧を受けつゝの供述であるから自白でも証拠とならぬ。
弁護人柏岡清勝の控訴趣意
第一点原審における訴訟手続には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。
公判の冒頭手続については、刑事訴訟法第二百九十一条第一、二項において、検察官は、まづ起訴状を朗読しなければならないこと、裁判長は、起訴状の朗読が終つた後、被告人に対し終始沈黙し、又は個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨その他裁判所の規則で定める被告人の権利を保護するため必要な事項を告げた上、被告人及び弁護人に対して、被告事件について陳述する機会を与えなければならないことを規定せられているが、これは公判手続中において極めて重要な事項であるといわなければならない。そこで本件の原審公判において、前掲の冒頭手続が履践せられているかどうかについて、原審公判調書を仔細に調査するに、原審第二回公判調書には冒頭手続に関して、被告人に対する人定尋問が行われた旨の記載に続いて、被告事件に対する供述 被告人李根植事実はその通り相違ありません と記載されているのみで、刑事訴訟法第二百九十一条第一、二項所定の手続を履践した事跡を認めることができない。果して然らば、かかる重要な事項を履践せずして弁論を終結し判決を下したのは明かに冒頭掲記の如き違法があつて、原判決は破棄を免れないものと信ずる。この点に関し従来刑事訴訟規則第四十四条において前示事項を公判調書の記載要件と定められていたものなるところ、公判調書の簡易化を図るために昭和二十六年十一月二十日最高裁判所規則第十五号をもつて、これを改正した結果前示事項は公判調書の記載要件ではなくなつたのであるが、かゝる改正規則は日本国憲法及び刑事訴訟法の根本精神に適合しないものといわざるを得ない。
(その他の控訴趣意は省略する。)